Society5.0テックガイド Society5.0テックガイド
サイエンス

全樹脂電池の仕組みと将来性を徹底解説

「次世代電池」と聞くと、多くの方がリチウムイオン電池の改良型を思い浮かべるのではないでしょうか。しかし今、電池業界の常識を根本から覆す技術が日本から生まれています。それが**全樹脂電池**です。金属箔や有機溶剤を使わず、樹脂(プラスチック)だけで構成されるこの電池は、安全性・コスト・製造プロセスのすべてにおいて従来のリチウムイオン電池とは一線を画します。エネルギー分野に携わってきた中で気づいたことですが、全樹脂電池は単なる技術革新ではなく、エネルギー社会そのものを再設計する可能性を秘めています。

この記事で学べること

  • 全樹脂電池は金属箔を使わず製造コストを最大90%削減できる可能性がある
  • 発火・爆発リスクがほぼゼロで、釘を刺しても安全に動作し続ける
  • 日本発のスタートアップAPBが世界初の量産工場を福井県に建設済み
  • 再生可能エネルギーの定置型蓄電池として最も期待される用途がある
  • バイポーラ構造により従来電池の2倍以上のエネルギー密度を実現可能

全樹脂電池とは何か

全樹脂電池とは、従来のリチウムイオン電池で使用されていた金属製の集電体や液体電解質を、樹脂(ポリマー)素材に置き換えた革新的な二次電池です。

通常のリチウムイオン電池では、正極にアルミニウム箔、負極に銅箔という金属集電体が使われています。全樹脂電池ではこれらを導電性の樹脂に変更し、電解液もゲル状の樹脂電解質に置き換えています。つまり、電池の主要構成部品がすべて「樹脂」でできているのです。

この技術を開発したのは、日本のスタートアップ企業APB株式会社(All Polymer Battery)です。慶應義塾大学の堀江英明氏が、日産自動車でリーフ用リチウムイオン電池の開発に携わった経験を活かし、2018年に設立しました。

従来のリチウムイオン電池との根本的な違い

全樹脂電池を理解するうえで最も重要なのは、構造そのものが従来電池と全く異なるという点です。

従来のリチウムイオン電池は「巻回構造」と呼ばれる方式で、正極・セパレータ・負極を重ねてロール状に巻き取ります。一方、全樹脂電池は「バイポーラ構造(双極構造)」を採用しています。

バイポーラ構造とは、簡単に言えば「一枚の集電体の表に正極、裏に負極を塗布し、それを何層も積み重ねる」方式です。サンドイッチを何段にも重ねるイメージが近いでしょう。この構造により、電池内部の電子の移動距離が短くなり、エネルギー効率が大幅に向上します。

1

従来電池の構造

金属箔の集電体+液体電解質+巻回構造。部品点数が多く製造工程が複雑

2

全樹脂電池の構造

樹脂集電体+ゲル電解質+バイポーラ積層構造。シンプルな塗布工程で製造可能

3

結果として得られる優位性

安全性の飛躍的向上、製造コスト大幅削減、設計自由度の拡大を同時に実現

全樹脂電池のメリット

全樹脂電池とは何か - 全樹脂電池
全樹脂電池とは何か – 全樹脂電池

全樹脂電池が注目される理由は、単に「新しい」からではありません。従来電池が抱えていた複数の課題を、構造レベルで同時に解決できるからです。

圧倒的な安全性

全樹脂電池の最大の特長は、その安全性にあります。

従来のリチウムイオン電池は、可燃性の有機溶剤を電解液として使用しています。そのため、過充電・短絡・物理的損傷などが起きると、内部で熱暴走が発生し、発火や爆発につながるリスクがありました。スマートフォンやEVの発火事故は、まさにこの問題に起因しています。

全樹脂電池では、電解質がゲル状の樹脂であるため、液漏れが原理的に発生しません。さらに、樹脂集電体は金属と比べて電気抵抗が高いため、短絡時に大電流が流れにくく、熱暴走が起きにくい構造になっています。

実際の安全性試験では、全樹脂電池に釘を貫通させても発火・発煙が起きないことが確認されています。これは従来のリチウムイオン電池では考えられない結果です。

製造コストの大幅削減

全樹脂電池のもう一つの革新的なメリットが、製造コストの削減です。

従来のリチウムイオン電池の製造には、ドライルームと呼ばれる超低湿度環境が必要で、この設備維持だけで莫大なコストがかかります。また、金属箔への精密な塗布工程、電解液の注入・封止工程など、多くの複雑な工程を経る必要がありました。

全樹脂電池は樹脂素材を塗布・積層するだけのシンプルな工程で製造できます。設備投資額は従来の約10分の1に抑えられるとされています。これは、電池のコストが下がるだけでなく、工場建設のハードルが大幅に下がることも意味します。

設計自由度と軽量化

樹脂素材を使うことで、電池の形状を自由に設計できるようになります。

従来の円筒形や角形といった制約から解放され、薄型・大面積・曲面形状など、用途に合わせた柔軟な設計が可能です。また、金属を使わないため軽量化にも大きく貢献します。

メリット

  • 発火・爆発リスクがほぼゼロ
  • 製造コストを最大90%削減可能
  • バイポーラ構造で高エネルギー密度
  • 形状の自由度が高く軽量
  • 製造工程がシンプルで量産しやすい

デメリット

  • 出力密度が従来電池より低い傾向
  • 急速充放電には向かない用途がある
  • 量産実績がまだ限定的
  • 長期耐久性のデータが蓄積途上
  • EV用途には更なる技術改良が必要

全樹脂電池の仕組みを詳しく理解する

全樹脂電池のメリット - 全樹脂電池
全樹脂電池のメリット – 全樹脂電池

全樹脂電池の技術的な仕組みについて、もう少し掘り下げてみましょう。

樹脂集電体の役割

従来電池の集電体は、正極側にアルミニウム箔、負極側に銅箔を使用しています。これらは電気をよく通す反面、コストが高く、重量もあります。

全樹脂電池では、これを導電性フィラーを混ぜた樹脂フィルムに置き換えています。導電性フィラーとは、カーボンブラックや導電性ポリマーなど、樹脂に電気を通す性質を付与する添加材のことです。

この樹脂集電体には、もう一つ重要な特性があります。金属と比べて電気抵抗が高いため、万が一内部短絡が発生しても、大電流が流れにくいのです。これが「本質安全」と呼ばれる、全樹脂電池の安全メカニズムの核心です。

ゲル電解質の技術

従来のリチウムイオン電池では、リチウムイオンを運ぶ媒体として有機溶剤ベースの液体電解質が使われています。この液体が可燃性であることが、発火リスクの主な原因でした。

全樹脂電池では、リチウムイオンを含むゲル状のポリマー電解質を使用します。ゲル状であるため液漏れの心配がなく、可燃性も大幅に低減されています。

バイポーラ構造がもたらすエネルギー密度の向上

バイポーラ構造は、全樹脂電池の性能を語るうえで欠かせない要素です。

従来の電池では、個々のセルを外部配線で直列接続していました。この方式では、セル間の接続部分がデッドスペースとなり、体積あたりのエネルギー密度が下がります。

バイポーラ構造では、一枚の集電体の両面が隣接するセルの電極を兼ねるため、接続部分が不要になります。その結果、同じ体積でより多くのエネルギーを蓄えることが可能になり、エネルギー密度は従来比で2倍以上の向上が見込まれています。

💡 実体験から学んだこと
エネルギー分野の技術動向を追う中で、全樹脂電池の「バイポーラ構造」は理論上は以前から知られていたものの、金属集電体では実現が困難でした。樹脂集電体という発想の転換が、長年の技術的課題を一気に解決した点が非常に印象的です。

全樹脂電池の用途と将来性

全樹脂電池の仕組みを詳しく理解する - 全樹脂電池
全樹脂電池の仕組みを詳しく理解する – 全樹脂電池

全樹脂電池は、その特性からさまざまな分野での活用が期待されています。個人的な経験では、特に以下の分野で大きなインパクトをもたらす可能性が高いと考えています。

再生可能エネルギー用の定置型蓄電池

全樹脂電池が最も力を発揮すると期待されているのが、太陽光発電や風力発電と組み合わせた大規模蓄電システムです。

再生可能エネルギーの最大の課題は、発電量が天候に左右されることです。この問題を解決するには、大量の電力を安全かつ低コストで蓄える蓄電池が不可欠です。全樹脂電池は、安全性が高いため大規模設置に適しており、製造コストが低いためkWhあたりの蓄電コストを大幅に下げられる可能性があります。

この点は、水素発電バイオマス発電といった他の再生可能エネルギー技術と組み合わせることで、さらに大きなシナジーが生まれるでしょう。

住宅用・産業用蓄電池

家庭やオフィスビルに設置する蓄電池としても、全樹脂電池は有望です。

発火リスクがほぼゼロであるため、住宅の壁面や床下など、これまで蓄電池の設置が難しかった場所にも安全に導入できます。形状の自由度が高いことも、建築設計との親和性を高めています。

電気自動車への応用可能性

EVへの搭載については、現時点ではまだ課題が残っています。

全樹脂電池は樹脂集電体の電気抵抗が高いため、急速充放電の性能では従来のリチウムイオン電池に及ばない面があります。しかし、安全性と軽量化のメリットは非常に大きく、技術改良が進めばEV用途への展開も十分に考えられます。

📊

全樹脂電池の期待される用途別ポテンシャル

定置型蓄電
最有望

住宅用蓄電
有望

産業用途
期待大

EV搭載
開発中

IoTデバイス
検討段階

APB株式会社と量産化への道のり

全樹脂電池の実用化を牽引しているのが、APB株式会社です。

創業者・堀江英明氏のビジョン

APBの創業者である堀江英明氏は、日産自動車で電気自動車「リーフ」のバッテリー開発を主導した人物です。世界で最も売れたEVのバッテリーを手がけた経験から、従来のリチウムイオン電池の限界を痛感し、根本的に異なるアプローチとして全樹脂電池の開発に着手しました。

堀江氏が掲げるビジョンは明確です。「電池を、半導体のように誰でもどこでも作れるものにする」ということ。従来の電池製造は巨額の設備投資と高度な技術が必要でしたが、全樹脂電池なら製造のハードルを劇的に下げられるという確信がその根底にあります。

福井県での量産工場

APBは福井県越前市に世界初となる全樹脂電池の量産工場を建設しました。この工場は、全樹脂電池が「研究室の技術」から「産業として成立する製品」へと進化したことを象徴しています。

工場では、樹脂集電体への活物質塗布、ゲル電解質の積層、セルの組み立てまでを一貫して行います。従来のリチウムイオン電池工場と比較して、製造ラインがシンプルで、設備投資額も大幅に抑えられている点が特徴です。

資金調達と事業パートナー

APBはこれまでに複数回の大型資金調達を実施しており、三洋化成工業やJFEケミカルといった素材メーカー、さらには大手エネルギー企業からの出資を受けています。

こうした事業パートナーとの連携は、全樹脂電池の素材供給から最終製品化までのサプライチェーン構築において重要な役割を果たしています。

💡 実体験から学んだこと
新しいエネルギー技術を追う中で感じるのは、技術の優秀さだけでは産業化は実現しないということです。APBが素材メーカーやエネルギー企業との連携を早期から進めている点は、量産化を現実のものにするうえで非常に戦略的だと感じています。

全樹脂電池と他の次世代電池技術の比較

全樹脂電池は、いくつかの次世代電池技術と並んで開発が進められています。それぞれの特徴を理解することで、全樹脂電池の位置づけがより明確になります。

全固体電池との違い

次世代電池として最も注目度が高いのが全固体電池です。トヨタ自動車をはじめ、多くの大手メーカーが開発を進めています。

全固体電池は電解質を固体セラミックスに置き換えた電池で、高いエネルギー密度と安全性が特長です。しかし、製造コストが非常に高く、量産技術の確立にも時間がかかっているのが現状です。

一方、全樹脂電池は製造コストの低さと量産のしやすさで優位性があります。エネルギー密度では全固体電池に及ばない面もありますが、コストパフォーマンスでは全樹脂電池が勝る可能性があります。

ナトリウムイオン電池との比較

ナトリウムイオン電池は、リチウムの代わりに豊富なナトリウムを使う電池です。資源の偏在リスクを回避できるメリットがありますが、エネルギー密度ではリチウム系に劣ります。

全樹脂電池は、将来的にはナトリウムイオンを活物質として使用することも理論上は可能であり、両技術の融合も視野に入っています。

リチウム硫黄電池との比較

リチウム硫黄電池は、理論上のエネルギー密度が非常に高い電池です。しかし、サイクル寿命(充放電を繰り返せる回数)に課題があり、実用化にはまだ時間がかかると見られています。

全樹脂電池は、これらの次世代電池と「競合」するというよりも、それぞれが得意とする用途で棲み分けが進んでいくと考えられています。定置型蓄電の分野では、全樹脂電池のコスト優位性が際立つでしょう。

全樹脂電池が社会にもたらすインパクト

全樹脂電池の普及は、単なる電池技術の進化にとどまりません。エネルギー社会全体に大きな変革をもたらす可能性があります。

カーボンニュートラルへの貢献

日本政府は2050年までにカーボンニュートラルを達成する目標を掲げています。この目標達成には、再生可能エネルギーの大量導入と、それを支える蓄電システムの整備が不可欠です。

全樹脂電池は、低コストで大規模な蓄電システムを構築できるため、火力発電への依存度を下げる切り札となり得ます。また、製造工程自体もシンプルであるため、電池製造時のCO2排出量も従来より削減できる可能性があります。

エネルギーの地産地消

全樹脂電池の製造コストが十分に下がれば、各地域で太陽光発電と蓄電池を組み合わせた「エネルギーの地産地消」が現実的になります。

これは、災害時のレジリエンス(回復力)向上にもつながります。大規模送電網に依存しない分散型エネルギーシステムは、地震や台風が多い日本にとって特に重要な意味を持ちます。

電池産業の民主化

堀江氏が掲げる「電池を誰でもどこでも作れるものにする」というビジョンが実現すれば、電池産業の構造そのものが変わります。

現在、リチウムイオン電池の製造は中国・韓国の大手メーカーが圧倒的なシェアを持っています。全樹脂電池の製造技術が確立されれば、日本の中小企業や新興国でも電池製造に参入できる可能性が広がります。これはDX(デジタルトランスフォーメーション)の流れとも相まって、製造業のあり方を変える可能性を秘めています。

⚠️
注意事項
全樹脂電池は非常に有望な技術ですが、現時点ではまだ量産初期段階にあります。長期耐久性のデータや大規模運用の実績は限定的であり、技術的な課題がすべて解決されたわけではありません。投資や事業判断の際には、最新の技術動向と実証データを慎重に確認することをお勧めします。

全樹脂電池の今後の課題と展望

全樹脂電池が広く普及するためには、いくつかの課題を克服する必要があります。

出力密度の向上

全樹脂電池の樹脂集電体は金属に比べて電気抵抗が高いため、大電流を必要とする用途では性能が制限されます。この課題に対しては、導電性フィラーの改良や樹脂素材自体の電気伝導性向上に関する研究が進められています。

長期信頼性の実証

電池は10年以上の長期使用が前提となる製品です。全樹脂電池は新しい技術であるため、長期間にわたる充放電サイクルでの性能劣化データがまだ十分に蓄積されていません。

この手法にも限界があり、実運用データの蓄積には時間がかかります。しかし、APBをはじめとする開発企業は加速試験などを通じて信頼性データの蓄積を急いでいます。

サプライチェーンの構築

量産規模の拡大に伴い、樹脂素材や導電性フィラーなどの原材料を安定的に供給するサプライチェーンの構築が必要になります。この点では、三洋化成工業などの素材メーカーとの連携が鍵を握っています。

業界の共通認識として、全樹脂電池が本格的に市場に浸透するのは2020年代後半から2030年代にかけてと見られています。まずは定置型蓄電池の分野で実績を積み、その後、用途を拡大していく段階的なアプローチが現実的でしょう。

全樹脂電池に関するよくある質問

全樹脂電池は本当に燃えないのですか

全樹脂電池は、従来のリチウムイオン電池と比較して発火リスクが極めて低い電池です。ゲル状の電解質を使用しているため可燃性の液体がなく、樹脂集電体の高い電気抵抗により短絡時の大電流も抑制されます。釘刺し試験でも発火しないことが確認されていますが、「絶対に燃えない」と断言するのではなく、「発火リスクが本質的に極めて低い構造である」と理解するのが正確です。

全樹脂電池はスマートフォンやノートPCに使えますか

理論的には可能ですが、現時点での主なターゲットは定置型蓄電池です。スマートフォンやノートPCには高い出力密度と急速充電性能が求められますが、全樹脂電池はこの点で従来のリチウムイオン電池に及ばない面があります。ただし、安全性と薄型化のメリットを活かせるウェアラブルデバイスやIoTセンサーなどの小型機器には適している可能性があります。

全樹脂電池の価格はどのくらいですか

量産初期段階であるため、現時点での具体的な市場価格は公開されていません。しかし、APBは製造設備投資額を従来の約10分の1に抑えられるとしており、量産が軌道に乗れば従来のリチウムイオン電池よりも大幅に安価になる可能性があります。特にkWhあたりの蓄電コストでは、定置型蓄電用途で競争力のある価格を目指しています。

全樹脂電池とFCV(燃料電池車)は競合しますか

全樹脂電池とFCVは直接的な競合関係というよりも、補完的な関係にあります。FCVは水素を燃料として発電する仕組みであり、長距離走行や大型車両に適しています。一方、全樹脂電池は蓄電デバイスとして、再生可能エネルギーの貯蔵や定置型用途に強みがあります。将来的には、水素インフラと蓄電システムが連携するエネルギーエコシステムの中で、それぞれが役割を果たすことが期待されています。

個人で全樹脂電池を購入できますか

現時点では、個人向けの製品としては販売されていません。APBはまず産業用途(定置型蓄電システム、非常用電源など)での展開を優先しています。将来的に量産が進み、家庭用蓄電池としての製品化が実現すれば、個人でも購入できるようになる可能性があります。その時期については、2020年代後半以降が一つの目安と考えられています。

全樹脂電池は、日本発の革新的な電池技術として世界から注目を集めています。安全性、コスト、製造の容易さという三つの優位性を同時に実現するこの技術は、再生可能エネルギーの普及やカーボンニュートラルの達成において重要な役割を果たす可能性を秘めています。

まだ量産初期段階ではありますが、APBを中心とした開発の進展は着実です。今後の技術改良と市場展開を注視していくことで、エネルギー社会の未来像がより鮮明に見えてくるのではないでしょうか。